Interview-Hiromi/NicFit 1st LP”Fuse”

2022年1月にイギリスUpset The Rhythmからフルアルバム”Fuse”をリリースした名古屋のNicFit。バンド自身のフェイバリットでもあるEssencial Logicやliliputのなどの初期ポストパンクバンド、80年前後のUS西海岸パンクの裏表を現代にリモデルしたかのようなNicFitスタイルがかつてないほどに濃縮、昇華された最高傑作と言っても良いのではないだろうか。Urinalsのカバーを含む全11曲、日本語訳付きの歌詞も必見。今回、ボーカリストのHiromiに”Fuse’’のサウンドや歌詞、リリースの経緯などについてメールで取材を行った。
Interviewer-Miyapon/in the middle
Photo-Kazuki Takahashi/Ignition Block M

NicFit-Fuse(2022)
Upset The Rhythm

’’Fuse’’リリースおめでとう!NicFitではファーストアルバムにあたりますが、これまでの作品から変化したり、意識した点はどういうところですか?

昨年リヨンのXavierのやってるSorcererから発売された今までのアナログリリースをコンパイルしたアンソロジーカセット以外の自主制作4 tracks デモCD、1曲参加したV.A. Ripple(Knew noise recordings)、4 tracks debut 7”(Black cube records)、Split cassette w/Pinprick Punishment(Black cube records)、Split 7” w/M.A.Z.E.(Episode sounds)は、その時々のバンドの姿を捉えたような音源だったと思います。

今回はファーストアルバムということで昔からある曲も新しい曲も混在してますが、今までで一番Nicfitって感じな作品になったと思います。

私達の曲は色んな曲がある気がするけど、どんな曲やろうって作った事はないんです。4人が違う好みでそれぞれが独立したパーソナリティを持ってるからこそできた音楽を一番かっこよく、フレッシュに聴いてもらえる作品になるよう意識しました。

ボーカリストとしては今までやってなかったコーラスを入れたり、質感をより自分のヴィジョンに近づけるようこだわりました。

普段から音やリズムを前提として詩のように歌詞を作っているとのことですが、内容についても質問させてください。
直接的ではありませんが多くの曲の歌詞において、身の回りの抑圧や掠奪、また、女性や虐げられた人たちの虚無感や閉塞感に対して様々な角度からアプローチしている印象を受けました。それらは今回の作品での主要なテーマなのでしょうか。(今作に限ったことではないかもしれませんが)

そうですね。あまりにもこういうことを考える事が自然すぎて、自然に歌詞にしていましたが、小さな時から考えていた事です。

育った家庭環境が不安定だったのもあるかもしれません。家が安心できる場所じゃなく、外を探検するのが好きでした。そして外では産まれ持った女性という性的特徴のために抑圧や侮辱を、物心ついた頃から今まで感じたり体験してきました。

また、頭打ちの資本主義的コントロール・家父長的思想はバカだからやめにしようって事を作品を通して話したいと思いました。

現実は時に残酷に大切なものを奪ったけど、生きる希望を失わなかったのは色んな本や音楽や人と出会って、復活し続けられたからだと思います。

今回の歌詞に飛び散るような抑圧や違和感に対する問いや訴えを自分のため、次の世代のためバトンリレーのように繰り返し表現する人達に勇気をもらい、私も本当の思いを歌詞にしています。

力不足のところもありますが、音を大切にやりきる事ができたと思っています。聴いてくれた人がどう思っても、歌詞が邪魔であれば読まなくてもいいと思っていますが、見てくれた時に、これからどうする?私はこうだけどあなたは?というメッセージがほんの少しでも伝わったらいいなという気持ちもこめました。 

El ZiNE(メンバー4人全員のインタビューが掲載)で拝見したのですが、フェイバリットの作家を何人か挙げていましたね。歌詞を作る際に直接的な影響はありますか?

El ZiNEでフェバリットにあげた作家の影響はもちろんあると思います。逆バージョンで、’’Fuse’’の歌詞に書いた下記のような事が、最近のソルニットの自伝的著書”私のいない部屋”でも鮮やかに言葉にしてあり、また勇気付けられました。

女は男に襲われるから夜気ままに1人で歩き回る事ができない、なんておかしいと思いませんか?攻撃する側を正当化してるようなものです。実際危ない事もあったので、気にかけてくれたり、送ってくれた人達には感謝しています。ただ、弱い立場の人や攻撃を受けやすい心や体を食い物にする人間、勘違いの権力をふりかざせる社会には反吐が出るしそのままではいけないと思います。

Rebecca Solnit-Recollections of My Non-Existence(2020)

Upset The Rhythmからリリースすることになった経緯について教えてください。

Upset The Rhythmは昔から大好きなレーベルで、2015-2016年ロンドンに居た頃も、UTRプレゼンツの数々の素敵なライブを体験させてもらいました。Wetdog, Trash Kit, ES, Rattle, Pega Monstroなどなど。

センスもかっこいいけど、音楽に情熱を持ってずっとDIYのワクワクする雰囲気を失わないこのレーベルからアルバムを出したいなと密かに思い続け、帰国後は毎年初詣などでお祈りしてました 笑。

そして2021年春も終わり頃。やっとアルバムの曲を録り終え、完成間近になり、数曲仮マスタが終わった曲の中からStinkという曲と「アルバムを出すレーベルを探してます。もし興味を持ってくれたなら嬉しいです」みたいなごくシンプルなメールをUTRへ送りました。

そしたらレーベルのChrisが「Stinkいいね!他の録音も送ってくれる?何か一緒にできたらいいな!」と返事をくれて、今に至ります。自分にとっては信じられない位スペシャルな出来事でしたが、他のメンバーには今池モダンワールドでのライブ前に、平静をよそおって「ロンドンのかっこいいレーベルから返事あったわ!」って感じで伝えました。

Upset The Rhythm(2005-)

’’Fuse”は録音も素晴らしかったですが、レコーディングした松石ゲルさん、Geru Studioについて教えてください。

松石ゲルさんにはBlack Cubeより発売されたDebut 7”の時から録音お世話になってます。Panic Smileやザ・シロップといったバンドのドラマーでもあります。私達のようなややややこしいバンドにも優しく親身になってくれるありがたい存在です。

そのゲルさんがやっている通称”ゲルスタ”(GEL Sound Production)は名古屋の隣り、豊田の山間部にあるレコーディングスタジオです。昭和初期に建てられた土蔵を改築した特異な空間。外に出ると大自然でチルできるし、7-11も近いのでお菓子や飲み物、ちょっとした地産のお土産も買えるグッドプレイスです。

アートワークに関わった方たち、SukaさんSioさんについても。これまでもTシャツなどでアートワークを担当されてますよね。

2人共Nicfit活動初期から見に来てくれたりDJしたりよくライブとかで会う仲間で、今回ジャケットにネイルアートを使わせて頂いたSukaさん(Yuri Osuka)には最初のTシャツを、レコードのLabel 2を描いて頂いたSioさんには1番最近のTシャツやSorcererより発売されたAnthologyカセットのジャケットを過去にデザインしてもらっています。2人とも唯一の世界観を持った大好きなアーティストです。

Yuri Osuka
Fuse(Label 2)-painted by  Sio

あと、”Deviation”のMVを作ってくれた6EYESのツチヤチカらさん、インサートやEl ZiNEの写真を撮ってくれた704とは初めてのコラボでしたが、めちゃいい感じでした。

カナダに行った時の経験も今の音楽活動に大きな影響があったとのことですが、その時のことを教えてください。

カナダ(バンクーバー)は、2008年にNYに留学してた友人を訪ねたその足で遊びに行っただけなんですが、思わぬ開眼の旅になりました。

10日間位バンドをやってる友人宅に滞在させてもらって、録音したり絵を描いたり色んな音楽を聴いたりその友人が当時やってたTwin Cristalsっていうバンドが出るって事でライブに行ったりしました。そのライブがだいぶよかったです。会場は世界中から売人やドラッグを求める人が集まるという通りを抜けた、街外れの倉庫みたいなとこでした。

平日は稼働しているウェアハウスを、夜と休日何バンドかでスタジオとして借りていて、その仲間達でのライブとの事でした。どこから持ってきたか分からない手術台が転がってたり、よく分からない落書き、ステージから音響設備何から何まで全部自分達で作った場所。(Emergency Roomという名前で、コンピも出ていました。日本ではFile-Underしか取り扱いなさそうでした!*現在はSold Out)

ちょっと危ない感じもしたかもですが、いざ出演バンドやお客さんが集まってくるとみんなレイドバックな人々で売人とか悪ぶってる人とか全然いなく(笑)終始いい空気でした。雰囲気は桜台Poolにちょっと似てるかも。

ライブが始まると出てたバンドの出す音がみんなかっこよくて、ノーウェーブ~ポストパンク~ハードコアパンク、けどジャンル分けする必要がないくらいみんなパンクだった。普段は歯医者さんというDJ dentistも含め、本当に楽しいライブだった。その中でも個人的にMutators, Nü Sensaeってバンドがツボりました。

Nü Sensae-Sundowning(2012)

若くても、お酒飲めなくても、女の子が露出の多い服着てても変な心配せずにライブを楽しめる、そんな空間がよかった。スリルや興奮は音楽にあればよくって、酔ってケンカふっかけたり、見掛け倒しのセクハラじじい(実際の年じゃなく心が)や、記憶無くすまで酒を飲む事がパンクじゃない。それは若い時によく見た光景だったけど、今もあるのかな?ださい!(お酒は好き。)

In Mirrors ‎– Escape From Berlin(2017)
カナダで滞在していた友人のユニットIn Mirrors。Hiromi氏も”Take Your Movement Away”にボーカル参加している。

最近気に入ってるアーティストはいますか?

最近は妊娠中でレコード屋やライブに行けないのが寂しいですが、”Fuse”が発売されて嬉しい事に色んな国の人がレビューを書いてくれたり、ラジオでかけてくれたりして。全部は聴けてないんですが、その中でちょこちょこかっこいいバンドを知れるので嬉しいです。

特にPinch Points, Billiam, Sweeping Promisesなど好きです。あとは、結構前ですが今池のRecord shop A-Zで買ったLa Vida Es Un Musから出てるNekraとThe Chiselの7”がかっこよかった。

Sweeping Promises-Hunger for a Way Out(2020)

それとレーベルメイトのEdinburghのBuffet Lunch!いい脱臼感。面識なかったんですが、アルバムを出した時にエディンバラ来るときは教えて!ってツイッタでDMくれました。行きたい!

Buffet Lunch-The Power of Rocks(2021)

今後の活動のことやメッセージなどありましたら!

NicFitのデビューアルバム”Fuse”を聴いてくれたり、お店でレコードを取り扱ってくれたり、レビューを書いてくれたり、ラジオでかけてくれたりした方々、本当にありがとうございます!

そしてこのご時世で私達のレコードを発売してくれた最高なレーベルUpset The Rhythm、それぞれの分野でレコード制作に携わってくれた周りのアーティスト達、今までライブに誘ってくれた人達、箱の人達にメガビッグサンクス!本当に皆さんがいなければこのアルバムはできなかったです。

実は今これを書いてる3/3は出産予定日です。まだベイビーはゆっくりしているようです。多分これが書き上がるのを待っていてくれるのかもしれません 笑。ベイビーと相談の上、出産後落ち着いたらまた早くライブもやりたいので、その時はぶち上がりましょう!

最後に、コロナや戦争の現実を目の当たりにし、私自身無力感を感じる事も少なくないですが、自分を信じて、できることを一生懸命やりたいと思います。それではいつも勇気をもらった StatementからBikini Killの曲にもある、この一文を引用して終わりたいと思います。

”Resist Psychic Death!(無力感に負けるな!)”