Interview-Takehiko Yamada/FILE-UNDER RECORDS / Knew Noise Recordings 後編

前編はこちら

-85年くらいから2000年までは主に洋楽の方を掘り下げていたとのお話でしたが。

そうですね。87年くらいからSub Popが出て来て、いわゆるグランジの前夜みたいな感じになってくるんですけど。同時にUSものはRain Paradeなどのペイズリー・アンダーグラウンド周辺からの流れもあり、Feelies、REM、Yo La Tengoとかも好きになって。
ただUSにどっぷりハマるきっかけとなったのは、やぱりSub PopとミネアポリスのAmphetamine Reptile、あとはShimmy Discの影響が大きかったですね。特にAmphetamine Reptileはメチャクチャ好きで。初期のButthole Surfersが大好きだったんですよね。グシャっとしたスカムの感じが。Amphetamine Reptileはそのあたりをしっかりとパッケージしていました。グランジ~ジャンク的なシーンとリンクしつつ、より変態的なもの、狂ったものを出していて。コンプリート目指して買いまくってました。

Amphetamine Reptile (1986-)

当時渋谷だったと思いますがAmphetamine ReptileのTシャツを扱ってるお店があって、在庫のTシャツ全種類ください!って通販したことも(笑)。人生で一番熱狂したレーベルは、実はRough Tradeや4ADじゃなくてAmphetamine Reptileかもしれません(笑)。UKのネオアコやギターポップ、ネオサイケも聴きつつ、USのそういったアーティストも同時に吸収していって。で、そのままイギリスに行ったという感じです。

-イギリス以外の国に行ったりもしたんですか?

いや、行けなかったんですよね。90年の11月にイギリスに行ったときは3か月の予定だったんですけど、最後の1か月はヨーロッパを巡ろうと思って鉄道のフリーパスも事前に買っておいたんです。ただイギリスに着いた日に、ガトウィック空港からロンドンのヴィクトリア駅に来たら、新聞の号外がたくさん貼りだされていて。なんだろうと思ったらサッチャーの辞任のニュースの号外だったんですよね。そこから年明けに湾岸戦争に突入しました。

-やばいですね。

91年の1月にエディンバラに行って、B&B(民宿的な簡易宿泊所)に到着してニュースを見ていたら、画面いっぱいに「Start A War」って出たあとでミサイルが飛んでる映像がドンドン流れてきて。当時インターネットもないし、英語もあまり分からなかったので、なんともいえない恐怖感がありました。日本の新聞が一週間遅れくらいでイギリスにも入って来てたので、それを買って最低限の情報だけは知っておこうとしたり。湾岸戦争関連のデモに遭遇したり色んな経験もできましたけど、ライブが中止になったのも結構あって。アメリカのアーティストがイギリスに来なくなったりとか。

1991年のロンドンにて

それで最後の1か月のヨーロッパ旅行なんですが、ロンドンにあるジャパンセンターに行ったら、イギリス国外への渡航に関しての注意喚起が貼りだされていて。戦争の状況が悪くなると、イギリスに戻れなくなる可能性があるかもということで。なのでヨーロッパ行きは断念して、その頃には滞在していたフラットも出払っていたこともあり、残りの滞在はロンドン内の安いB&Bを転々としていました。

年末年始を挟んだのもあって、ライブは期待したほどには観れなかったんですけど、印象に残っているのは、イギー・ポップとMinistryのメンバーがやっていたRevolting Cocks。あとはジョー・ストラマーがゲストで出たポーグス、Cop Shoot Cop、Televison Personalities、Aztec Camera with Edwin Collinsとか。これは当時の手帳なんですけど、NME、Melody Maker、Soundsなどの音楽新聞でライブスケジュールをチェックしてメモで書いていたんです。

当時スケジュールを書き込んだ手帳

そこから選んで、どのライブに行くかを決めていました。イギー・ポップの日は被りまくりで、オジー・オズボーン、エドウィン・コリンズ、ヒュー・コーンウェル、Happy Mondays、Silverfish、Man From Delmonte… でもイギーで正解だったかな。

チケットと帰国前に購入したブートライブテープ

John ZornのNaked CityやThis HeatのCharles Haywardのソロライブも行きたかったんですけど、会場の住所がわからなくて。NMEなどを見ても、日付とパブみたいな会場名が書いてあるだけで。住所さえ判れば行けたんですけどね。

-海外のライブの情報は、大雑把にベニューの名前だけしか書いてないのもありますよね。

有名なベニューだったらわかるんですけど。番地も何も書いてないから探す手段がなくて。なので気になっていたけど、行けなかったライヴもいっぱいありました。確か、Dog Faced Hermansもそうだったかな。

-でも結構行ってますよね。

大物も観ました。ロバート・プラントとかロリー・ギャラガーとか。あと覚えてないんですけどBlue Cheerも観てるんですよね。手元にチケットの半券が残ってるんですけど、なぜか全然覚えてないんです(笑)。行ったライブはメモにマーカーも引いているので、行ったのは間違いないんですけどね。The Cureも行きました。

-いいですね。羨ましいです。

観に行ったライブチケット

でも留学して一年くらい行かないとダメだったなって思いましたね。初めての海外旅行だったのもあって、3か月くらいにしようかなって。親に遠慮した部分もあったのかな。帰ってきてもまた行けばいいやくらいの感覚だったと思いますが、1年や2年しっかり留学して行っておけば色々と違ってたかなとは思いますね。

帰国する2月後半くらいからAmphetamine Reptile勢のUKツアーが始まったんです。帰国の翌日にMarqueeでBoss HogとSteel Pole Bath Tubの2マンがあったりして。その時期を皮切りにそのテのライブが続々と決まっていて。行くのを遅らせてたら!って思ったのを良く覚えています。まあ、The Fallを観たくて日程を決めたので…

実はThe Fallはイギリスに行く直前の7月に東京・京都・大阪の3公演で来日が決まったんです。東京の九段会館でのライブは仕事の都合で行けなかったんですけど、京都のMuse Hall、大阪・江坂のBoomin Hallの2公演は観に行きました。どちらも整理番号1番(笑)。お客さんは80~100人くらいだったかと思います。今でこそ人気がありますが、当時はみんな知ってるけど、日本ではそんなに人気がないのかなという印象でしたね。

The Fall来日公演のチケット、フライヤー、ロンドンで観た日のチケット

-確かに。最近の人気っぷりがすごいなという感じがします。

そうそう。若い人からも人気がありますよね。イギリスを中心にThe Fallに影響受けたと思われるスポークンワードスタイルのポストパンクバンドが次々と現れていて。マーク・E・スミスが亡くなったことも再評価が進んだ要因なのかも。

-でも本国での人気はすごいですよね。

人気はすごいけど、嫌ってる人も結構多い気がしますね(笑)

-マーク・E・スミスがあの感じですもんね(笑)

自分のレーベルからリリースしたイギリスのバンドのメンバーと話した時も、The Fallが好きだと言ったら「いや、アイツは最低だぞ!」みたいなこと言ってました(笑)。「歌詞をちゃんと読んだことあるのか?」とか言われて。いやあの人の歌詞は日本人には理解しがたいよ…みたいな話はしたんですけど(笑)。当然ですが、国民的なバンドという感じではなかったかな。

-そうですね。でも自分が前にやっていたThe Warmのツアーでマンチェスターに行くんですけど、The Fallの2days公演は即ソールドアウトになってましたね。それで無謀にもオープニングアクトやらせてくれって言いに行って。まあダメだったんですど(笑)。でもやっぱり地元のヒーローなんだなって思いましたね。

Knew Noise Recordings

-ご自身のレーベル Knew Noise Recordingsの話をお聞きしたいんですが。好きなアーティストをリリースしているというのはもちろんあると思いますが、他にコンセプトなどがあれば教えてください。

そうですね。実はKnew Noiseに関してもお店と同じで、最初は日本人のアーティストをリリースするっていう考えは全く無くて。7インチを1、2枚しか出してなくて、まだ日の当たっていない海外のバンドをウチを通して紹介できたらなって思ってました。

レーベルの第1弾は2008年で、The Horrors周辺のシーンにいたPlastic Passionというバンドをリリースしました。

Plastic Passion– Contrived Imagery(2008)

第2弾はバーミンガムのバンドで、変則的でちょっとディスコーダントなSunset Cinema Clubというバンド。第3弾はAu Pairsのような女性ボーカルポストパンクのShragというバンド。どれもMyspace経由でコンタクトして7インチを仕入れていて、そこが発展してリリースに繋がった感じです。

なので基本的なコンセプトとしては、まだアルバムを出してないバンドをリリースするというのがありましたね。

Sunset Cinema ClubはNorman Recordsのフィルがメチャクチャ気に入ってくれて。最初は5枚だけ送ってくれって話だったんですけど、その後50枚買取の依頼があって(笑)

-Normanで50枚はすごいですね。

SUNSET CINEMA CLUB-Homina Homina Homina(2008)

そうなんですよ。レビューが「イギリスにこんなクールなアンダーグラウンドのバンドがいるのに、イギリスのレーベルじゃなくて、日本のレーベルがリリースしていることを恥と思いなさい」みたいに書かれていて(笑)。Normanのフィルには本当にお世話になりましたね。僕もNormanで通販しつつ、Knew Noiseのリリースもちゃんと取り扱ってくれて。彼のサポートには今でも凄く感謝しています。Rough Tradeも委託でしたけど置いもらってましたね。当時の窓口は、Lookout!からも7インチをリリースしていたWat Tylerのボーカルの人でした。

-そのようにして海外の現行をリリースしていくんですね。後々には日本のバンドもリリースされていますが近い内にリリースの予定もありますか?

最新のリリースはExtrudersの7インチなんですけど、次のプランはまだ決まってないです。13年間で19タイトル。次が20番目のリリースになります。

EXTRUDERS ーHilltop Radio Punch and Judy(2019)

最初にリリースした日本人在籍のバンドはComanechi。ドラムとギターの2ピースのバンドでドラムが大阪出身の日本人女性。次の日本人バンドはBo Ningen。 Comanechi は2009年にknew Noiseでアルバムを出したあとに、日本に呼んで5公演やりました。初日は難波Bearsで、クリトリック・リスにも出てもらって。ジャケのデザインが、クリトリック・リスのスギムさんなんです。Comanechiのライブでは、あふりらんぽのピカさんにゲストでドラム叩いてもらったりとか。ただ、ComanechiもBo Ningenも活動拠点がロンドンなので、日本のバンドかというとちょっと違うんですけど。そういう意味では、当時大学生だった名古屋のSEKAITEKINABANDが最初になるのかな。
あと2012年にリリースしたコンピレーションのRippleが大きな転機だったかもしれないですね。

-あのコンピレーションいいですよね。

Various- Ripple(2012)

どうもありがとうございます。当時Rippleに飲みに来ていて、かつウチにも来ていたお客さんたちを集めたコンピレーションです。特定のジャンルにフォーカスしたものではなく、様々なジャンルをパッケージしてるんですが、お手本にしたのはthe原爆オナニーズのレーベルTin Drumから出ていたUnderground Romanceっていうコンピなんです。

Various – Underground Romance(1986)

ヴェルヴェッツの1stのバナナをモチーフにしたジャケのコンピなんですけど、一曲目は割礼で。以前Taylowさんにお伺いしたら、まずは割礼を全国に紹介したいという思いがあってリリースを考えたと言っていました。コンピの内容はサイケもゴスもノイズもありでジャンル関係なく入っていて。強烈に意識をしていたわけではないんですけど、お手本としてあったのは間違いないかな。洋楽でお手本にしたのは、Rough Trade初期のコンピのClear Cutですね。

-いいですよね。僕はVol.5が好きです。

Vol.5もいいですよね。僕はVol.1をリアルタイムで買って。人生で最も好きで影響を受けたコンピがVol.1ですね。Orange Juiceがあり、This Heatがあり、Robert Wyattも入っていて。ジャンルやスタイル関係無しにパッケージをして、時代の空気感をとらえてシーンを見せていくという。

Various- Clear Cut(1981)

なのでUnderground RomanceとClear Cutをお手本にRippleを作ったっていうのはありますね。Rough Tradeの、何となくのレーベルイメージはあるけど、何かに特化してるわけではないという感じが、自分にも自然と身に付いたのかもしれません。意識してというよりは自然にそのような音楽の聴き方になっていったというか。レーベルのターニングポイントを挙げるとするとBo Ningen、Ripple、あとExtruders。また時期をみて活発にリリースしていきたいですね。

ただ、3年前に今の場所にお店が移転して路面店になって、ありがたいことに以前よりたくさんのお客さんがみえるようになったんですね。なので日常的な作業、例えば入荷をオンラインショップにアップするとかも追いつかなくなってきていて。昨年の夏頃に強烈な目まいで倒れたこともあり、今はまず本来のレコード屋としての仕事に集中したいと思っています。

-そうですよね。体を壊したと聞いて心配しました。移転してから通販ではなく来店で買う人がより増えたということなんですね。

そうですね。店頭のお客さんがかなり増えました。でも元々店頭での売り上げが大半なんですよね。いろいろお客さんと話しをしてレコードをお買い上げいただくスタイルが定着しています。体力的にも時間的にも大変なんですけど、もともと自分はそういうことがやりたくて始めたので、移転を経て更に充実度が高くなってきてます。

-そうですよね。山田さんと話してると「コレもあるよ」って後ろから出してきたり(笑)

押し売りじゃないけどね(笑)

-通販も多いイメージもありましたが。

割合でいったら通販はだいぶ少ないですね。10%もいかないです。19年やってて、10%を超えた月は1回か2回だけですね。だからほとんど店頭で売っている形ですね。 

-でもそれは実店舗のお店としてはすごい理想の形というか。

そうですね。年齢的、体力的に大変になってきますけど(笑)

-歳を取ると、人と長時間話すのは疲れますよね(笑)。やっぱり路面店になってお客さんはだいぶ増えたんですね。

以前はビルの2階や4階だったので、フライヤーを置きに来るにしても来やすくなったと思います。前の店舗は階段をあがるのが面倒だなーってのがあったかもしれない(笑)。あと今のエリアの方が中古店さんも多いので、ルートで顔を出しやすいというのもあるかと。

-あの辺りは街の雰囲気も楽しいですよね。

そうですね。現在の店舗の場所は、90年代には先ほど話で出た円盤屋の中古店があった場所なんです。Antonio Threeの安田君がここで働いてたり。あとは近所にあるグレイテスト・ヒッツっていう老舗の中古店さんの社長さんも元々はここの円盤屋の店員だったんです。この辺りの大須のエリアはElectric Ladylandがあり、円盤屋があり、アングラ劇団のスタジオもあったりして、若い頃に一番馴染みがあった場所ですね。なのでここに店舗を構えるっていうのは、気持ち的にもすごく落ち着きます。

-山田さん自身はFILE-UNDERを始める前はレコード屋で働いてなかったんですよね?

ないんです。バイトしたとかも一切なくて。

-経営は独学ですか?すごいですね。

独学というか、レコード屋の常連になると店員さんと仲良くなってくるんですよね。それで僕も新人アーティストのレコードを毎週たくさん買っていると店員さんも面倒くさくなってくるのか、直接リストを見せて来て(笑)。「ちょっとチェックしといてよ」みたいな(笑)。そうなるとなんとなくの流れや、「こういう業者さんがあるんだ」とかがわかってきて。

同時に海外通販もしてたから、自然にいろんなことがインプットされていった感じですかね。始めるときはいろいろな不安はありましたけど、Out Recordの曽田さんやAnswerの中村君、Antonio Threeの安田君とか周りの人に色々助言してもらって、無事に開店にこぎつけました。

-レコード屋勤務もバイヤー経験もなく始めたっていうのは驚きです。

ただ本当に好きだったからやっちゃったっていうやつですね。

-なるほど。たとえば自分の場合でいうと、海外のレーベルとかのやりとりも最初大変ですけど、何回かやってコツを掴めばわかってくるというか。そんな感じでしょうか?

そうですね。やり取り自体は最低限の英語で、ある程度書くことも決まっているので。

-やはり推していきたいのは現行のアンダーグラウンドですか?

そうですね、たとえばロンドンならSauna YouthやPrimo!などをリリースしているUpset the Rhythmとか。Upset the Rhythmはレーベルと並行してイベンターとしても活動しているので、ライブ企画も多くて。パンクやポストパンク、ノーウェイヴ、ガレージテイストがありながら、インディー要素が強いレーベルで。まだまだ知名度は低いですけど、そのようなレーベルやアーティストを丁寧にサポートしていきたいなっていうのは一貫してありますね。

-今後のFILE-UNDERのヴィジョンなどを教えてください。

お店を立ち上げたときの気持ちを忘れずに、これからも中々陽のあたることの無い海外・日本のインディーシーンのアーティストを地道に紹介していければと思っています。おかげさまで来年20周年を迎えるんですけど、今後も長く続けていけるよう健康にも気をつけていきたいですね。

コロナ禍があけたら、またライヴにも出来るだけ足を運びたいですし。この年齢にしては結構ライブを観に行くタイプだとは思ってますが、例えば近年の海外勢だと韓国のSLANTやブラジルのRAKTA、SHEER MAGとACCIDENTEの共演ライヴなどには、かなりの刺激を受けて奮い立たされました。これからも常に現場の息吹を感じながら、お店のラインナップに反映していければと思っています。

FILE-UNDER RECORDS