Russian Post-Punk Discovery
text by Ashira/NOBODY
近年徐々に注目を集めるようになったロシア(およびロシア語圏)のポストパンクシーン。ベラルーシのバンドMolchat Domaのブレイクや、Youtubeに投稿された「Russian Doomer Music」でロシア語圏のポストパンクを知った方も多いのではないだろうか。
ソ連時代のポストパンクバンドの音楽性と美学を受け継ぎ、他国のロックとはどこか違う独自のサウンドを奏でるアーティストが多数存在するこのシーンは、ハマると抜け出せない大いなる魅力を持っている。 この記事ではロシアのポストパンクアーティストの中から、最近発見して気になったアーティストや、日本ではまだあまり情報が無いアーティストを6組紹介しようと思う。
Вещь(vesch)
モスクワを拠点に活動する(おそらく)5人組のバンド。
2019年から音源を配信でリリースしており、これまでに3枚のアルバムを発表している。
ミュージカルやコマーシャルソングの要素を取り入れたサウンドは、他のポストパンクバンドに無いユニークな個性を放っている。
Жанна Агузарова(Zhanna Aguzarova)在籍時のБраво(Bravo)や、おそらく影響を受けたであろうロシアの現行ポストパンクを代表するGlintshakeを連想させるスリリングな女性ボーカル、Contortionsのようなフリーキーなサックス、鋭敏なギターサウンド。予測不可能で複雑でありながら、強烈なフックの効いた曲展開も見事だ。
80~90年代風のレトロなCGやコラージュを駆使した映像作品にも一貫した美学を感じられる。曲と共に是非MVも楽しんでいただきたい。
Mega Sega Drive Club
クラスノダールで活動するソロアーティスト。某ゲームメーカーのハードから拝借したであろう名前からどことなくヴェイパーウェイヴの雰囲気を感じる。
2019年ごろからコンスタントに楽曲を配信リリースしており、初期の音源はローファイでポップなシンセと、イアン・カーティスを5倍くらい陰鬱にしたような低音ボイスのギャップが面白いサウンドを作り出している。
2021年末にリリースされた現時点での最新作「Low Compilation 2022」では以前よりもダークで退廃的な作風となっており、中でも「Видение(Videnie)」は暴力的に蠢くシンセ音がDAFを連想させる非常にかっこいい一曲だ。
情報がほとんど見つからず、未だ謎多き存在だが今後も注目しておきたい。
The Violent Youth
ベラルーシ出身で現在はドイツのアウグスブルクを拠点とするArthur Tsymbalによるプロジェクト。
元々はモスクワ在住のEgor Ivakhnenkoとのデュオであったが、残念ながら彼は2021年で脱退してしまったようだ。
Depeche ModeやTears For Fearsといった80’sニューウェイヴの大御所だけでなく、Hurts、Chvrches等の現行シンセポップアクトからインスピレーションを受けた楽曲は決して80’s回帰では無いモダンなサウンドになっている。メランコリックなシンセとエモーショナルなボーカルは、ダークな中にも希望を感じさせる熱量に溢れている。
今回紹介するアーティストの中では最も知名度が高く、Molchat DomaやPlohoに続く存在として期待している。
昨年リリースされた4枚目のアルバム「Ostavaites Na Linii」は配信だけでなくCD/カセット/レコードでリリースされているので気に入った方は是非フィジカルも入手して欲しい。
Суперкульт (Supercult)
自らをスーパーカルトと名乗り、自分達の音楽を「陰謀論と妄想の愛好家のための音楽」と語るなんとも怪しげな5人組。
2020年から音源のリリースを開始し、今年の1月に3rdアルバムである「Клеймо」がリリースされたばかりだ。彼らのBandcampでは現在全てのカセットテープが完売となっており、それなりの注目も集めているようだ。
ポストパンクやノーウェイヴを軸にフリージャズやサイケ、ノイズの要素も有す不穏なサウンド。さらにはニューエイジ風のインスト曲もあり非常に幅広い音楽性を感じる。B級ホラー映画のような世界観も独特な存在感を放つバンドだ。
少々取っ付き難そうなバンドかもしれないが、Яна Кузинаという女性シンガーをフィーチャーした「Ждать бесполезно」などは、彼女のアンニュイなボーカルが彼らの不思議な楽曲とマッチしながらもポップさを生み出しており、まず最初に聴く一曲としてもオススメである。
Аут(Out)
クラスノダールを拠点に活動するマルチ・インストゥルメンタリストGleb Rostovtsevによるプロジェクト。2015年から活動開始し、既に3枚のアルバムをリリース済みだ。
シンセポップやポストパンクをベースにしているが、多彩なシンセサウンドやキャッチーなメロディー、軽快なビートはMGMTやCaptured Tracksのバンドが好きな人等、幅広いインディーロックファンにアピール出来るポテンシャルを秘めている。 3rdアルバム以降に配信でリリースしている数曲のシングルも何れもクオリティが高く、ニューアルバムのリリースが楽しみだ。
Твин Пикс (Twin Peaks)
バンド名を英語にするとTwin Peaks。デヴィッド・リンチのカルト的TVドラマが由来と思われるこのバンドはコトフスクで2002年に結成されている。今回の記事で紹介しているアーティストの中では最もキャリアが長い。
Кино(Kino)やИгры(Igry)といったソ連時代のポストパンクや、The Cure、The Sister of Mercyなどの系譜が色濃く現れたダークでロマンティックなサウンドだ。
正に王道のロシアン・ポストパンクといったイメージだが、高い楽曲クオリティで頭一つ抜けているように思う。
「По шанхайским подвалам」はソ連時代のニューウェイヴを代表する名曲Альянс(Aliens)の「На Заре」を彷彿させる哀愁シンセポップで、彼等の中でも一際輝きを放つ大好きな曲だ。
以上、6組のアーティストを紹介させていただいた。
ロシアにはまだまだ紹介すべき魅力的なアーティストが大勢いるので、また機会があれば紹介できたら嬉しく思う。 なお、筆者はインディ・ミュージックZINE「PØRTAL 」で「RUSSIAN INDIE GUIDE」をIssue Sixより連載している。連載の第一回では、ソ連時代のポストパンクシーンや現行ポストパンクの代表アーティストの紹介といった導入的な内容を書いているので、ロシアのインディーシーンが気になった方は、こちらも是非。
最後に…この記事の執筆を開始して間もなくロシアによるウクライナ侵攻が始まってしまった。
今この文章を書いている2022年3月3日現在も多くの犠牲が生まれ続けている。
この状況に対し、ロシアで活動する多くのミュージシャンもSNS等を通して戦争に抗議する声をあげている。
記事内でも紹介したАутはロシアの侵攻開始後直ぐに「Я не хочу войны(戦争はしたくない)」を配信リリースした。
ロシアのアンダーグラウンド・テクノレーベル「Gost Zvuk」は「Stop The War!」というタイトルのチャリティーアルバムを発表している。
一刻も早くこの戦争が収束する事を心より祈っている。