TOXIC STATE RECORDSが教えてくれたもの
text by Ushi-Number Two
今回は、近年でいえば2018年に来日したHANK WOOD AND THE HAMMERHEADSやL.O.T.I.O.N、EXOTICAなど、素晴らしいリリースの数々で名を馳せる、ニューヨークのDIYパンクレーベルTOXIC STATE RECORDSについて、極パーソナルな視点で僕なりに書かせて頂きたいと思います。所謂、TOXIC STATE RECORDSの紹介というより、”僕とTOXIC STATE RECORDS”と言ったような視点で書きたいと思いますので、悪しからず。
TOXIC STATE RECORDSは2007年からレーベル活動を始動させていて、僕にとって、いまに続く2010年台アンダーグラウンドを語る上で欠かせないレーベルの一つであり、その拠点ニューヨークには本当にたくさんの素晴らしいバンドやアーティストが誕生していたのです。
実は2015年にTOXIC STATE RECORDS特集と題してパーソナルZINEを作ってみたりするほど、他にも色々要因はあったにせよ、僕に「自分で作ってみる」意欲を与えてくれた大きな一つであり、何より同時代にこんなにも素晴らしいバンドやリリースがあるのかと、毛虫が蝶になるほど震え上がったあの衝撃を忘れることはない、とても思い入れの深いレーベルでもあるのです。
僕がTOXIC STATE RECORDSの作品に初めて触れたのは2013年から2014年頃。現場仕事の合間を縫ってネットサーフィンをしながら、日夜、自分の視野の中の小さな世界で、まだ誰も見つけていないと勝手に思えるような、まさに思い込みでしかない自分だけの宝物、すなわち井の中の蛙状態で未だ見ぬ自分好みのバンドを探すことに精を出す日々を送っていた(今も大して変わっていない気もします)のですが、その当時は、パンクやハードコアを聞く傍ら、2000年代後半頃から、例えばTitus AndronicusやBeach Fossilsなどインディーロックと称されるような音に傾倒していた僕を、「グイッ」と現行のパンク・ハードコアの魅力へもう一度強く引き込んでくれたのが、2012年リリースCRAZY SPIRITのセイムタイトル”CRAZY SPIRIT” LP。
初めて視聴して「まさにこんなのが聴きたかった!」とビビる。レコード屋の検索に掛けてソールドアウトで「もう有名だ、、」とビビる。数カ月後、「まさか、こんな場所に!?」というレコード屋の面出しで感動の再会をしてビビる。謎めくそのCSとだけ記されたジャケットのレコードは一際異彩を放っていて、僕は一目散でヘッドスライディング気味に手に取って、またビビる。
「ぶ、分厚い。」
CRASSのLPを初めて手にした時と同じような感触を想像してもらえたら近いものがあるかと思います。
そうなのだ。CRAZY SPIRITのこのLPは異彩を放つシルクスクリーンプリントが施されたジャケットの中に、どでかいシルクスクリーンのポスターとともに、ものすごい数のアートワークが収められた歌詞付きブックレットが封入、というか、もう、はみ出していた。それはそれは感激しながら、それらを取り出したのを覚えています。
その当時、TOXIC STATE RECORDSの作品はどれを取っても、素晴らしい装丁のジャケットはもちろん、ブックレットやポスターが封入されており、それらは一枚一枚シルクスクリーンプリントが施されているような、手触りも愛おしい手作りの魅力に溢れていて、手に持って目の前で眺めていると、その物自体の持つパワーというか、生命力みたいなものが伝わってくるように感じられたのです。その手法は近年のリリースでも継続されているのですが、僕はそれに心底魅了されました。
そして針を落としてまたビビる。ハウリングノイズの洪水から、これでもかと歪んだベースがダンサブルとも取れるようにうねり出し、紀元前から我々人類の根底に息づいていたものが呼び覚まされたかのような原始的なリズムにのって、気が狂ってしまったかのようなボーカルが縦横無尽に叫び散らす。僕は「新しいパンク・ハードコアの1ページがここにある」本気で、そう思った。
余談ではあるけれど、CRAZY SPIRIT(2017年に惜しくも解散済み)のメンバーであったDRIPPER WORLDその本人SAM RYSERが彼の作品の原画の展示のため(後程触れたいが、彼は自分のバンドや世界中のパンクバンドのためにフライヤーや音源のジャケットを手掛けたりアートワークでも才を成している。その展示はまさに「手作り」そのもので一室の壁面と床面一杯にペイントを施し、そこに所狭しと彼の作品が並ぶ景色は感動的だった。)、Great Danceの招聘により来日した際にたくさん話を聞く機会があり、CRAZY SPIRITはどんな影響を受けてあの音になったのか、と質問を投げた時、こんな回答があった。
「あらゆる時代のあらゆるパンク・ハードコアに影響を受けているけれど、一つ挙げるとすればDISTINO FINAL(Spain)だ。」
それを聴いた僕は目から鱗で納得するとともに、感激もしたのです。
それは、DISTINO FINALといえば、来日も果たしているし、ここ日本でもご存知の方も多い事と思いますが、その当時、現在進行形で世界中の至る場所において影響を受け合いながら新しく産まれ続けるパンク・ハードコアの姿がありありと僕の目の前に現れるように感じたからに他ならない。ちなみに当時Maximum Rock ‘n’ Roll紙のインタビューには初期「Dischargeと80年代のブラジルハードコアに影響下のバンドをやりたかった」と書かれてもいました。
話は逸れてしまったのですが、CRAZY SPIRITのレコードを手にした僕は、その手作りのブックレットやポスターを何度も手触りを確かめながら、隅から隅まで眺め、そこに記されていたTOXIC STATE RECORDSと”GROUND ZERO NYC”というキーワードを手に、新たな未知の扉を開いていくのでした。
そうして辿り着いたGROUND ZERO NYC。それは2013年に発売されたTOXIC STATEとAlways RestrictionというレーベルからリリースされたコンピレーションLPに掲げられたタイトルであったのでした。
そこに辿り着いた僕は”GROUND ZERO”というワードに「ここから何かが始まる」ということを感じざるを得ず、一人で勝手にどうしようもなく高揚したのを覚えています。そこにはCRAZY SPIRITの他、当時のTOXIC STATE RECORDSを代表するような、DOWN OF HUMANSやLA MISMA、ANASAZI、PERDITION、そして日本にも縁の深いTyeが在籍したSAD BOYSなど13バンドが収録されていて、そのどれもが個性豊かであり、その一つ一つに感激しながらTOXIC STATE RECORDSの全貌を少しずつ掴んでいきます。
そして、リリース作品のUK盤をLA VIDA ES UN MUSがリリースしていたりすることから同時進行のイギリスやヨーロッパなど各地のパンクにも触れ、またTOXIC STATEリリースのバンドが、その当時Katorga Worksなど周辺のレーベルからもリリースをしていたりするのを発見しながら、点在する現行の素晴らしいパンク・ハードコアバンド、例えばSheer MagやInstitute、Hoax、Vexx、Vanityなどが、次から次へ地続きで僕の前に現れ、その度に狂喜乱舞しながら否応なくその世界にのめり込んでいくのでした。よくよく思い返せば、今、僕の楽しんで聴いている各地の現行のパンクバンドを追いかける旅はここが原点の一つと言っても過言ではないのです。
そうして、バンドの繋がりや関係性も何となく掴んでいくと、CRAZY SPIRITにはいくつもバンドを兼任しているメンバーが多数いる事に気付くのです。
全部書くと書ききれないのですが、当時まだパーカッションのメンバーがいる頃のライブ映像を見て、ひっくり返る程にたまげたHANK WOOD AND HAMMERHEADSのボーカルHenryはCRAZY SPIRITのドラマーであったし、ギターのEugeneはDOWN OF HUMANやPERDITION、後にCheena(Sacred Bonesからリリース)やPinocchio(僕の大好きなVexxのボーカルでもあるMary Jane Danpheが在籍)等に在籍し、ベースのSamもDown Of HumansやMurdererをやっていたり、そのどれもがTOXIC STATE RECORDSからリリースされるものばかりで、とにかく2010年代ニューヨークのパンクの歴史を語る上で重要なレーベルであり、僕の中でCRAZY SPIRITは何よりも語らずにはいられないバンドであることは間違い無いのです。
また、僕にとってのアートワークの世界も広げてくれたTOXIC STATE作品は、後に「あれ、これCRAZY SPIRITのレコードのブックレットの感じに似てる。」と手に入れたPAPERTOWN COMPANYという、当時の僕からしたら謎のプロジェクトにより作成された、その当時NYCで行われたパンク・ハードコアイベントのフライヤー集 ZINE”OVER 56 FLYERS PLUS MORE”により、僕が感激した上記バンドのジャケットやインナーのアートワークのほとんどが、CRAZY SPIRITのメンバーであるSamとEugeneによるものだということが確信に変わり、PAPERTOWN COMPANYはEugeneによるプロジェクトであり、今は無きブルックリンの伝説のパンクショップでもあったDripper WorldがSamによるものである事に辿り着くのでした。
そしてもう一人語らずにはいられない人物がL.O.T.I.O.NのボーカリストAlexander Heir(DEATH/TRAITORS)。彼も数々の世界中のバンドの素晴らしいアートワークを残していて、中でも印象的であったのが、DISCOS MMMからリリースされたSECTAとDEAD HEROのスプリットLPのSECTA側のジャケット。
一度見たら忘れられない、彼のアートワークの特徴の一つ、丸尾末広の影響下にあったであろうことが窺えるそのジャケットを見つけた瞬間、内容もわからないまま手に取ったそのレコードが、後のコロンビアパンクシーンへの入り口となったのでした。これは自論ですが、コロンビアのパンクコレクティブCASA RAT TRAPも TOXIC STATE RECORDS周辺の活動があってこそのものなのかもしれないよな、と思ったりしています。
そんな上記3人のアートワークを頼りにレコードを手にすることも多分にあったし、TOXIC STATE RECORDSに出会い見つけたものが、世界中に点在する素晴らしいパンクへの道標となった側面も僕にはあるのです。
まだまだ語り尽くせないところではあるのですが、最後に僕のお気に入りのTOXIC STATE RECORDS作品をいくつか挙げて終わりたいと思います。
CRAZY SPIRIT “CRAZY SPIRIT” LP (2012)
僕の人生を変えた大名盤。言うことありません。
HANK WOOD AND THE HAMMERHEADS “USE ME” 7inch(2020)
1stから3rdアルバムまで彼らが追いかけた音の現時点の集大成とも取れる、涙無くしては聴けない彼らの歴史も鳴る、もはやこれはロックンロール大名盤。Great Danceによる豪華ブックレット付きディスコグラフィーCDも必聴です。
LA MISMA ” LA MISMA” 7inch(2014)
来日も果たしたSad Boysに在籍のAngeline Andersenや、ExoticaのボーカルLauren Gerigも在籍の、SlitsやRaincoatsの未来はここで鳴っているかもしれないと思ってしまえるポルトガル語猛烈パンクバンド。
HARAM “What Do You See ? ” 7inch(2016)
来日も果たしたHARAM。レバノンからニューヨークへ移民した両親を持つイスラム系アメリカ人Naderによってアラビア語で歌われるメッセージは、あの9.11とそれからのイスラム系の人々が暮らす日常の苦悩を、僕らに問いかける。Great Danceによる対訳付きディスコグラフィーCDも必見必聴。
Kaleidoscope “After the futures…” LP 2019
IVYやJJ DOLLにも在籍のShivaによる、狂気の嵐が誘う、何者も到達し得ない境地に辿り着いた、もはや「どうしてこうなった」予測不能の激烈盤。
個人的な見解で書いてきましたが、僕にたくさんの景色を見せてくれ、自身のアートワークに向かう心持ちにも多大な影響をもたらしてくれたDIYパンクレーベルTOXIC STATE RECORDSは、コロナ禍そして今もなおdollhouseやAnti-Machine、Nisemonoなどリリースを続けていて、僕はまだまだそれを勝手に追いかけていくのです。