ダムドという名の深き森 -episode6
text by Tsuneglam Sam/YOUNG PARISIAN
かのジョン・レノンはグラムロックのことを“口紅を塗ったロックンロール”と表現した。つまりは新たなムーブメントに見えるがリップスティックを拭ってしまえばそれは単なるロックンロールだということが言いたかったのであろう。良くも悪くも。ならば私はTHE DAMNEDおよびデイヴ・ヴァニアンのことをこう呼ぼう。“黒き口紅を塗ったロックンロール”と……。
前回、DAMNEDの音楽的な変貌にともなうデイヴ・ヴァ二アンの歌唱の変化について述べたが、今回はそんなデイヴのルーツを探ってみたい。
ネット宇宙に広がる様々なインタビューをひたすら訳し読みしつつ彼の嗜好をまとめてみるが、「1956年、ベラ・ルゴシが亡くなったと同時にロックンロールが誕生した年に自分も生まれたんだ」と語るデイヴはそもそもジーン・ヴィンセント、そしてエルヴィスが好きで、ロイ・オービソンが最高の歌声だと思っていたそうだ。そして「奇妙なことに彼らは皆、黒髪で青ざめていた」と述べている。そうデイヴは若き日から漆黒を好んだのだ。ゴス誕生以前にあらかじめゴスかったデイヴは幼き頃より“ビクトリア朝の建築”と“喪の儀式”を好み、ロックンロールとフィルムノワールをこよなく愛した。
アルバム『PHANTASMAGORIA』あたりを指し、“DAMNEDのゴス期”なんて言い方をよく目に耳にするが、これは正確に言うと間違いであろう。要するに“あらかじめゴス”だったデイヴがバンドの中心になっただけなのでゴスに取り組んだわけでも取り入れたわけでもないのだ。また、デイヴはDAMNEDに加入し吸血鬼キャラというペルソナを手にしたわけでは決してない。加入以前より彼の目の周りは黒く、日ごろからイブニングスーツを着こみ、逆にステージでレザージャケットを着ているような風変りな男だったそうだ(因みにこれはあまり書きたくないが、彼が元々“墓堀人夫”だったというエピソードがよく知られているが本人はデマだと否定している)。
音楽的なルーツも大事だが、彼のあの“さきがけゴシックスタイル”のイメージのもとになってるキャラクターもいくつか紹介したい。中には未見の作品もあり、資料や映像の断片しか観てない上でこれを書いているのはご容赦ください。
まずはドイツ表現主義の名作F・W・ムルナウの『吸血鬼ノスフェラトゥ(Nosferatu – Eine Symphonie des Grauens)』(1922)でマックス・シュレックが演じた神秘的で不気味なキャラクター、オルロック伯爵。
そして1971年のカルト・クラシック・ムービー『怪人ドクター・ファイブス(The Abominable Dr. Phibes)』を演じたヴィンセント・プライス。
この『怪人ドクターファイブス』だが『BLACK ALBUM』収録の『13th Floor Vendetta』の冒頭の歌詞”♪the organ plays to midnight on Maldine Square tonight(オルガンは今夜マルディーン広場で真夜中まで演奏されます)というのはこの作品へのトリビュートだ。
そして、フェイヴァリット・アクターにドナルド・サザーランド(キーファー・サザーランドの父)をあげてることから見ると彼が演じたテラー博士『テラー博士の恐怖(Dr.Terror’s House of Horrors)』(1965)もお手本の一人であろう。
続いてデイヴ・ヴァ二アンのオールバック・ヘアとあの黒塗りアイメイクについてだが、こちらはポール・モリセイ監督/アンディ・ウォーホル制作による1974年の映画『処女の生血(Blood for Dracula)』主演のウド・キアと、古典的ドイツ表現主義映画「カリガリ博士(Das Cabinet des Doktor Caligari)」(1920)のチェザーレ(コンラート・ファイト)がお手本である。
案外有名どころだなぁと思う人もいるかもしれないが、これらをゴス・ムーブメント以前にロックの世界に取り入れたのはデイヴ・ヴァ二アンが先駆であり、先にあげた映画作品達を定番化させるのにもデイヴが一役かったに違いない。
それから『PHANTASMAGORIA』あたりの白メッシュが入ったヘアスタイルに関してはスーザン・ソンタグにも似ているが 『ドクターXの帰還(The Return of Dr. X)』(1939)のハンフリー・ボガードと
なんといっても『フランケンシュタインの花嫁(Bride of Frankenstein)』 (1935)のエルザ・ランチェスターがお手本であろう。
これらのキャラクターはデイヴ・ヴァ二アンを通過し、『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』(2007年)におけるジョニー・デップのヘアスタイルに受け継がれている。
このように古き良き怪奇映画の世界を愛するデイヴだが、そもそもヴァ二アンという名前もブラム・ストーカーの小説『ドラキュラ』に出てくるドラキュラ城のモデル”ブラン城”があるルーマニアのトランシルバニア地方からとった名前だ。因みに以前私がデイヴに行ったインタビューでは好きな映画について訊いてみたところ上記にあげたもの以外では『恐怖の足跡(Carnival of Souls)』(1962)、『レモーラ(Lemora: A Child’s Tale of the Supernatural)」(1973)、『女ドラキュラ (Dracula’s Daughter)』(1936)を教えてくれ、べラ・ルゴシ派かクリストファー・リー派か、と尋ねた質問には“断然ベラ・ルゴシだ”ときっぱり答えてくれたことも記しておく。そんなデイヴ・ヴァ二アンは英国を拠点とするテレビチャンネルRockworld TVで「Dave Vanian’s Dark Screen」のホストを担当してもいる。このように彼がそれほどまでに映画好きなのは大前提として知っておいていただきたい。
さて、音楽的なルーツの話に戻りデイヴの黒い口紅を拭ってみよう。まずデイヴが好み大きな影響を受けたのはガレージパンクだ。「パンクは60年代にガレージバンドで始まり、自分にとって彼らは本当のパンクロックバンドだ」とも発言している。デイヴのソロユニットであるPHANTOM CHORDSはロカビリーバンドと思われてる節があるが、聴いていただければわかるようにむしろガレージ色/60’s色の方が濃厚である。
SEEDSやSTRAWBERRY ALARM CLOCKを好み、ELECTRIC PRUNESと後に共演出来たことを喜び、若き日にSHADOWS OF NIGHTSの『OhYeah』のシングルを手にいれ、この曲がデヴィッド・ボウイの『Gean Genie』の元となってることにデイヴは言及しているくらい彼はガレージパンクを愛している。その辺りの嗜好は言うまでもなくDAMNEDの変名バンドNAZ NOMAD & NIGHTMARESで思う存分発揮されることとなったのだ。
続いてプロトパンクとグラムロック。当然他のメンバーと同じくMC5、STOOGESにも夢中だったデイヴだが、NEW YORK DOLLS、デヴィッド・ボウイ、そして後に一時的に参加したこともあるDOCTORS OF MADNESSのファンでもあったようだ。また、ブライアン・イーノ在籍時の初期ROXY MUSICも大好きで「ROXYの1stと2ndの曲のいくつかはかなりパンクロックだ」と言い切ってもいる。 まぁ、このあたりは70年代の英国パンクバンドはほぼみんなが通ってきた道であるかと思うので特に珍しいことではない。必須科目ようなもんだ。というわけで、こっからはデイヴならではの嗜好を掘っていこう。
ベートーヴェン、ワグナーなどのクラシックからタンゴ までもが好きだというデイヴ・ヴァ二アンだが、なんといっても彼の嗜好、そして曲作りに大きな影響を及ぼしてるのは映画のサウンドトラックだ。なにしろ彼は「自分が持っているCDを調べていたところ、CDの4分の3はすべて音楽だけで歌がないサウンドトラックであることがわかった。私が歌手であることは非常に皮肉なことだ」と言うくらいのサントラ野郎なのだ。
たしかにDAMNEDのメロディとアレンジにはエンリオ・モリコーネ、ヘンリー・マンシーニなどは当然として、特にジョン・バリーの影響が大きく反映されているように思う。念のため書いておくと、ジョン・バリーは英国出身の作曲家で多くの映画音楽の作曲を手がけ、中でも「007/ジェームズ・ボンド」シリーズの曲は広く知られている。このジョン・バリーは映画音楽に携わる以前にジョン・バリー・セブンというバンドもやっていたので、それまでのサントラコンポーザーが作る映画音楽よりもロックンロールに通じるものがあるのかもしれない。DAMNEDはジョン・バリーが手掛けた1959年『狂っちゃいねえぜ』のサウンドトラックより『Beat Girl』(『Eloise』のB面)も実にクールにカヴァーしているが、これは間違いなくデイヴの趣味であろう。
こうしたデイヴの映画好き/サントラ好きの嗜好は歌詞の面でも『Plan 9 Channel 7』(『MACHINE GUN ETIQUETTE』収録)あたりから顔を出し始め、ソングライターとしては『BLACK ALBUM』に収録された18分を超える大作『Curtain Call』で独自の個性を爆発させるのに役立っている。ブライアン・ジェームスそしてキャプテン・センシブルという偉大なるロックンロール・ソングライターに負けじとデイヴの才能が開花していくのはこの曲が収録された『BLACK ALBUM』以降からであろう。そういったことに注目しながら聴き直してみると、『BLACK ALBUM』はサイケと映画音楽的な要素とパンクがせめぎ合う他に類をみない作品となってるのがわかる(そこにハンス・ジマーまでもが加わってるのがまた凄い)。また『BLACK ALBUM』~『PHANTASMAGORIA』あたりはデイヴの歌なしのパートが多いサントラ的な曲作りが炸裂しまくっているのも再確認しておきたいところだ。他にもDAMNEDは『バタリアン』(1985)のサントラに参加し、デイヴは2009年の映画『The Perfect Sleep』のサウンドトラックを担当するなど、映画音楽とは切っても切れない関係であることも記しておこう。
そういった映画音楽に基づくメロディー作りにともない、前回書いたようにデイヴの歌唱法も徐々に変貌する。ここでクルーナー唱法を手に入れたパンクロックシンガーとしてのデイヴ・ヴァ二アンのルーツを紐解いていこう。
まず、非常に大きな影響を受けたものとしてはジム・モリソンとエルヴィス・プレスリーは外せない。ジム・モリソンは言うまでもないが、『FINAL DAMNATION』(1988年)の映像を観ていただければわかるようにデイヴは歌唱法ばかりかステージアクションでもかなりエルヴィスを意識しているのがわかる。若き日にこのビデオを観た私は『Neat Neat Neat』すらもエルヴィスチックに歌うデイヴの姿に大いに衝撃をうけたもんだ。
更にデイヴが好んだシンガーをあげていくが、『Eloise』の原曲歌手であるバリー・ライアンはもちろんとして、スコット・ウォーカーがかなりお気に入りだったようだ。
スコットがシャンソン歌手ジャック・ブレルの曲たちを歌うアルバム『SCOTT WALKER SINGS BREL』は私も愛してやまないアルバムなのだが、デイヴはこのアルバムから大きな影響を受けている。WALKER BROTHERSでデビューしアイドルのような人気があったスコット・ウォーカーは甘いマスクに似合わぬバリトンヴォイスで人気を博し、素晴らしいシンガーであることを一連のソロ作でも証明し、そこからどんどん暗黒世界の歌手として闇の道を歩いていくわけなのだが、そんなスコットを愛したミュージシャンはデヴィッド・ボウイをはじめ非常に多い。因みにデイヴはWALKER BROTHERSの『Afer the Lights Go Out』をPHANTOM CHORDSでカヴァーしてもいるのだが、この曲をあらてめて聴いて驚くに、スコット・ウォーカーの歌い方がかなりデイヴ・ヴァ二アンそっくりなのだ。
さてここで、このようなデイヴ・ヴァ二アンの嗜好にものすごく似通ったシンガーがいることにも言及したい。
それはCRAMPSのラックス・インテリアか? いや、かなり趣味的に近い部分はあるがラックスはもっとBムービー嗜好だし、デイヴはより様式美を好む。ホラー好きにしても隣り合わせながらもちょっと違う。それにデイヴが吸血鬼ならラックスはフランケンシュタインじゃないか。では、BAUHAUSのピーター・マーフィーか? ベラ・ルゴシを崇拝し『カリガリ博士』を敬愛するなどの点は同じだがデイヴの歌声はピーターのように漆黒一辺倒ではなくスウィートでカラフルな表現も含まれる。初期MISFITSのシンガー グレン・ダンジグもエルヴィスとジム・モリソンをお手本にしてる時点でかなり近いが、それよりなにより実はもっともっと趣味嗜好が近い人物がいるのだ。
では、そのシンガーとは誰か・・・・・そう、マーク・アーモンドその人だ。
意外な答えかもしれぬが、両者の共通点は非常に多い。まず、鬼才ジョー・ミークが作りジョン・レイトンが歌った『Johnny Remember Me』やジャッキー・グリーソン、メル・トーメなどで有名なジャズ・スタンダード『The House Is Haunted』をPHANTOM CHORDSもマーク・アーモンドもカヴァーしてるし、曲目こそ違うが両者はジーン・ピットニーやバリー・ライアンのナンバーを競いあうかのようにカヴァーしてたりもする。また、マーク・アーモンドはSOFT CELL時代に『007』のテーマやナンシー・シナトラが歌う『007は二度死ぬ(You Only Live Twice )』をカヴァーし、ソロになってからもトム・ジョーンズの『Thunderball( 007/サンダーボール作戦)』をライヴで歌うなどジョン・バリーに大いに影響を受けている。そしてなんといってもスコット・ウォーカーへの愛情を最も体現してるシンガーは世界広しといえどもマーク・アーモンドが頂点であろう。 このようにロカビリー、ガレージ、映画音楽、ジャズスタンダード、60sポップス、オーケストラ・ポップからなんらかの共通の匂いを嗅ぎとり、それを編纂して見事に歌い上げる様が両者はそっくりなのである 。
さらに極めつけとして……なんとマーク・アーモンドはデイヴに代わってPHANTOM CHORDSと録音もしているのだ。こちらはちょっと入手困難だが2006年にリリースされたCD 『Little Rough Rhinestones – Volume 2』で6曲聴くことが可能である。
エレポップの代表格のような存在のSOFT CELLと初期の粗野なパンクのイメージが強いDAMNEDでは繋がりづらいかもしれないが、デイヴとマークはあまりに共通項があるシンガーだということをもっと多くの方に知っていただきたい。両者ともゴスい世界とかなり近くにいながらも闇に呑みこまれず独自の輝きを放っているのだ。
また両者に影響を与えている“英国のフィル・スペクター”とも呼ばれるプロデューサー ジョー・ミークについても少々。先にあげたジョン・レイトンの楽曲『Johnny Remember Me』でジョー・ミークが使った不気味で不思議な音像は多くのティーンネイジャーを虜にし、THE TORNADOSのヒットでお馴染み『Telstar』をはじめスペーシーなサウンド・エフェクトを駆使した音作りを創造してきた彼は、60年代に数多くのヒット曲を生み出しながらも67年に殺人を犯し、そして自殺・・・という衝撃的な最後を遂げた伝説の人物である。DAMNEDの『EVIL SPIRITS』(2018)収録のデイヴが作った楽曲『Standing on the Edge of Tomorrow』ではそんなジョー・ミークからの影響を顕著に感じることができる。
では、この辺でこだわりの男デイヴ・ヴァニアンも評価する彼の趣味嗜好にも刺さった近現代のバンドを2つあげておこう。
まずはTHE LAST SHADOW PUPPETS
こちらはARCTIC MONKEYSのアレックス・ターナーとRASCALSのマイルズ・ケインによって結成されたサイドプロジェクト。彼らが2008年にリリースしたアルバム『THE AGE OF THE UNDERSTATEMENT』(名盤)は ジョン・バリーやエンニオ・モリコーネ、ジョー・ミーク、スコット・ウォーカーの影がくっきりと落ちたアルバムで、かなりデイヴの音楽性に近い。
もうひとつのデイヴのお気に入りは、ロシアのサーフ/ガレージバンド MESSER CHUPS。98年に結成されたスプーキーなこのバンドはいかにもデイヴが好みそうなホラー/Sci-Fiムービーのムードもたっぷりで、ラウンジミュージックの要素もあり、それらをフェティッシュに再構築しモダンに奏で、B-MOVIEのサンプリングを用いたりもしている。
ルーツだけでなくこういった後続のバンドを聴くこともデイヴおよびDAMNEDのルーツを更に立体的に理解できる鍵なので、是非トライしてみていただきたい。
ここまで書いてきて思うに、おそらくPHANTOM CHORDSの方がDAMNEDよりデイヴ・ヴァニアンの音楽的な嗜好を存分に発揮できる場だった気もするが、彼はシンガーソングライターではなく元々シンガー気質、つまりは人の書いた曲を歌い上げる/演じる才能に長けているので、DAMNEDという強力な舞台の登場人物として存在するということは自分の魅力と能力を思う存分発揮出来ることなのであろう。リフ主体からメロ主体の曲調に変わったことでシンガーとして巧みな魅力を隠せなくなり、『White Rabbit』、『Eloise』、『Alone Again Or』など難易度の高いカヴァー楽曲を見事に歌いこなし、それらを”持ち曲”として勝ちとってきた彼の実力を世間はもっと知る必要がある。まぁ役者もプロレスでも怪奇派は実力があれど色物扱いされるのが運命(さだめ)なのかもしれぬが……
最後に前回に引き続きもう一度繰り返す。己の美学に忠実な男、デイヴ・ヴァニアン。彼は徹底的にブレない。ただの一度も。なにしろ彼にはペルソナがないからだ。DAMNED以前からデイヴ・ヴァ二アンだった彼は、これからもデイヴ・ヴァ二アンであり続けるだろう。 本稿でルーツを紐解き、彼の黒き口紅をはぎ取ってみようかと思ったが、それは決して拭っても拭っても消えないほど色濃きものであった。
ダムドという名の森はまだ深い。そして、デイヴ・ヴァ二アンの闇もまたまだまだ深い。
次回、エピソード7 シーズン1 完結か?