Soloist Anti Pop Totalization-SYNTH IN JAPAN S.A.P.T.+ Jin Cromanyon
2022年2月にベルリンのObjetrouvéから神戸のJin CromanyonとのSplit LP”SYNTH IN JAPAN”をリリースした、東京出身のExperimental minimal synth artist ”Soloist Anti Pop Totalization”。多くの単独作品の他にも、様々なジャンルのアーティストとのコラボレーションやremixを手掛けてきた軌跡から辿り着いた新たな境地とも言える今作は、多くのリスナーにとってもショック、エキサイティングな脳内体験になるであろう。リリースの経緯や全7曲に渡る”S.A.P.T.の世界”について取材した。
Interviewer-Matsuda,Miyapon(in the middle,満州候補者)
今回Objetrouvéからリリースすることになった経緯を教えてください。
Objetrouvéのオーナーのステファンが、彼のシンセウェイヴ・デュオでもあるPeine Perdueで2019年に来日したんですが、東京公演の際にオープニングアクトとして自分が共演したことがきっかけですね。神戸公演でのライブは汎芽舎レコードでのインストアライブだったんですけど、今回のSplit LPのJin Cromanyonともそこで共演していたんです。
東京でのライブはCold Experimentのテラオ君の企画だったんですけど、彼経由でステファンから日本のシンセ・アーティストの作品として、僕らのスプリット音源をリリースしたいという話になって。本当は10月後半のリリースの予定でしたが、世界的にもアナログリリースが遅れていたので、2月の発売となりました。
LPのジャケットのこだわり方が半端じゃないですね。特にアート・エディションはとんでもない作りになってますが。
アート・エディションは20枚限定で全てハンドメイドなんです。スタンダード盤は150枚。スタンダードといえど凝った作りですよね。
Objetrouvéは2019年にスタートしたばかりなのでまだ作品数は少ないですが、所属アーティストは錚々たる顔ぶれで、毎作アート・エディションを出しているのもレーベルの特徴です。スタンダード盤はショップにも卸しているのですが、アート・エディションはレーベル直販しかやっておらず値段もかなり高額なんですが、ほぼリリースと同時にソールドアウトになっていますね。レーベル自体に熱心なファンが付いているんだと思います。ちなみに自分の作品のアート・エディションはまだ持っていません(笑)
アート・エディションや少数限定盤を出すレーベルが増えていると言っていましたよね。
ヨーロッパでは、特にシンセサイザーのアーティストをリリースしているレーベルでは結構ポピュラーになってきている感じがしますね。カセットも凝ったものがありますよ。今は売れないからっていうのもあると思いますけど、大量プレスの時代ではなくなっているのかもしれませんね。
実際にモノを買う人が減った分、手に入れてくれた人にとって特別感があるものを作る、という方向になっているのかもしれませんね。WEBやデジタルではできないことを追求するというか。それはZineなどにも言えるかもしれませんが。
そうですね。レーベルメイトのスペインのアーティストが先日7インチを出したんですが、22枚だけのリリースだって言っていましたね(笑)。値段は3500円とかでしたけど。
でもその金額でも、枚数がそれだけだと元は取れないでしょうね。
普通に考えたら無理っぽいですよね。なので収益はデジタルで購入してもらうっていうのが前提にあるんだと思います。ただ、僕らが知らないだけで、欧米には比較的安価で少数ロットでプレスできるところがあるのかもしれませんね。
日本ではそういった海外の動向や流行が取り入れられることはあまりありませんよね。地理的にも離れていて、サプライチェーン自体が異なるからかもしょうがないのかもしれませんが。ただ、果たしてそのままでいいのかという気にもなりますね(笑)
今作の楽曲についてなんですが、これまでS.A.P.T.の作品は電子音楽でありながらもパンクロックの要素、個人的にはStalinなどに代表される日本のバンドのエッセンスなども感じていたのですが、今回はより純粋な電子音楽に迫っていった印象を受けました。
これまでのパンク感や…もっと言ってしまえばシンセサイザーに対してもこだわらないで作ってみたかったんですよね。コラージュでもドビュッシーをサンプリングしたりしてますし。そこはいい意味でスタイルの変化があったと思います。キャッチーな曲もないし、自分自身の曲の中では渋めの方向性と言えるかもしれませんね。結果的にはレーベルのカラーに合っているものになったかと思いますが。
機材面でも変化はあったのですか?
リズムマシーンもDR-55を加えて2曲に使用したのですが、それによって面白い音響効果を得ることができましたね。あとはアコースティックギターや琴、オルガンの音も入れたりしていますが、基本的には機材面での大きな違いはないですね。
デトロイトテクノや、またはCluster、Faustに代表されるジャーマンロックの音像とも近いものを感じました。明確に似ているわけではないのですが、結果的にそれらのアーティストと近い感覚に降りたようなイメージというんでしょうか。
新鮮な意見です!各段意識はしていませんでしたが、元々好きだったものが地で出たのかもしれませんね。そういう風に改めて振り返ってみると、2曲目の”Kotobuki”は結果的にYMOにインスパイアされた面が大きかったもしれません。
それと詩人のアイバー・カトラーやビート作家のウィリアム・S・バロウズの音源からもインスピレーションを受けていますね。特にカトラーは”Ludo”、バロウズはSub Rosaから出てる”Break Through In Grey Room”を愛聴していますね。
あとは他に良く聴いているものとしては、自分と同じレーベルのアーティストの作品だったり、近しいミニマルシンセ・アーティストの作品が多いですね。MADMOIZELやMartial Canterel、Nova Guardiaなどのアーティストが好きですね。ほとんど日本で手に入らないので、レーベルやアーティストから直接買ったりしてます。
今作のテーマがあれば教えてください。
一言で言うと”分断”ですね。ネガティブなイメージを想起させる言葉ですが、コロナ禍においてもひと際目立っている言葉である思います。
自分はこの間ライブなどはほとんど行わず、籠り切りで作品を制作することが多かったんです。そのせいもあってか自分の心の内面と向き合う時間が増えて様々なことを考えました。自分は分断されているし、自分も分断している、そんなことを思ったりもしました。
今回はそういったモヤモヤしたものを自分の小宇宙としてイメージして作ったんですよ。Objetrouvéのステファンも「聴いていると、スペースシャトルに乗って世界を見ているような気持ちになる」と言っていましたね。
世界のあらゆるところで、新型コロナの対策やそれを巡った様々な場面において分断が起きていますね。
そうですね。マスクやワクチンにしても主張が違う人の間で陰謀やテロ計画まで起きています。それは極端な例ですが、日常においてもいろんな面で摩擦が生じることもやはり増えたと思います。ただ、この分断はコロナ禍が始まった日から突然起きたわけではなく、元々存在していたものがコロナによって表出したとも感じています。
「コロナ禍での分断」という表現が目につきますが、それよりは人間が元々意識下に抱え込んでいたドス黒いものについての話のような気もします。また、権力からの分断はもちろんですが、まず自らが分断を招く行動をしているのに、分断されることを憂いたり嘆いてる人にも違和感を感じる時もありました。そういったことを自分の視点から表現したかったというのはありますね。
元々あった多くの人々のぼんやりとした不安や怒りや憎しみが、明確なアクシデントを媒介として、分断という形ではっきりと具現化するということでしょうか。なんとなく日本の民話の「六部殺し」を思い出すようで、不穏な気持ちにもなります。
ちょうど今回の音源を作っている時期だったんですが、トランプ支持者による連邦議会議事堂襲撃事件に繋がった抗議集会に*アリエル・ピンクが参加し、レーベルから契約破棄をされ音楽ファンからも非難された問題が起きました。
*本人は襲撃自体には加わらず抗議集会に参加しただけとの弁だったが、物議を醸し所属レーベルのMexican Summerから契約を破棄された。
ただ、あれは恐らく、アーティストとしても人間としても、彼のことを前々からちゃんと見ていたならそこまで驚くことでは無い事件だったと思うんです。早い話が元々相当に胡散臭かったし、ある意味では予想通りともいえた出来事だったのではないかと。
まあ、自分は前やっていたバンドでUKツアーをした時にたまたま彼と共演することがあったんですけど、その際の彼の振る舞いに嫌悪感を持ったっていうのもあるんですが。こっちが話しかけても無視するし、なんかリハとかもグデグデだったし(笑)
大枠で趣味や属しているものが同じであったりする人に対しては、政治や生活への考えや態度も自分と近いと錯覚してしまうことはありますよね。それにしたって、インディペンデント音楽のミュージシャンで熱烈なトランプ主義者っていうのはかなり矛盾しているとは思いますけど(笑)
これまでの彼の違和感に目を瞑ったり、流行りに乗って持て囃してきたメディアやファンなどの取り巻きの人たちは少なからず彼を肥大化させてきた過程があるのに、今回の件で裏切られたかのように一方的にSNSなどで非難や意見表明だけをしているとしたら疑問を感じてしまいます。もちろんそういった人たちに直接的に罪があるわけではないかもしれませんが、清廉潔白でもまた無いのはないでしょうか。
そういった傾向はSNSの隆盛とも関係しているかもしれませんね。恐怖の裏返し、という側面もあるのかもしれません。
アリエル・ピンクのことだけではなく、もともとあったものに目を背けていた、と言う点ではその他の様々な社会の問題も同じだと感じています。それらの積み重ねで歪みは水面下で大きくなっていき、何かのきっかけで表出した時には取り返しのつかないことになっている、ということを繰り返している気がします。
そういった意味でも、今作は世間に対する皮肉のようなニュアンスも込めています。言ってしまえば毒でもありますね。分断され(て)た社会をロケットに乗りながら、それを無表情で見ている人間の心象風景のようなイメージでしょうか。
なるほど。ただ、無表情といえど折り重なった複雑な心境や、冷たいけど熱い感覚、それだけではなく聴いている側に対してのアクティブなコミットメントも、この新作のサウンドからは強く感じました。最後に既に聴いた人、これから聴く人にメッセージがあればお願いします。
全体として楽曲はバラバラに感じるかもしれませんが、コンセプトを感じ取ってもらえたら嬉しいですね。特に一番最後の”Blue Recollection”は完成した時は、自分の中でも手応えがありました。今回はどれも難産でしたけど、特に苦労した一曲です。気になった方は是非聴いてみてください。
Soloist Anti Pop Totalization
2016年に宅録Synth Project “Soloist Apartment”としてスタート。その後、Project名変更を経て、Second ApartmentやWAR/ZIT等、様々なジャンルのアーティストとのコラボやremixを手がけ幅広く活動する。
Minimal Synthの元祖と言われるUKエレクトロニクス、オブスキュアーシンセ(The Normal, The Future,Vice Versa,Thomas Leer,Robert Rental)の影響を強く受け、自身の作品においてもビンテージアナログシンセサイザー機材のRoland SH-101、TR-606、MC-202、DR-55などを使用している。
ミニマルでありつつも”幅、音像、熱量 “に重きを置いているそのサウンドは、シンセサイザーミュージックの”金属的”や”無機質”といった枕詞だけでは表現し切れない多面/立体性を持っており、また、同じく自身に影響を与えてきたUKサイケやポストパンク、ジャーマンロックの先人たちから受け継いだアート/実験精神が、水脈の様に奥底に流れ続けている。近年では過去タイトルの評価により、アメリカのKEXPやベルギーのMutant Transmissions、イギリスのResonance FM等のメディアでDJアーティスト達にピックアップされ、海外リスナーからの評価も高くなっている。
Discography
2017年 Violet Poisonなどを手がけたイタリアのDub-itoより12inch vinylリリース。
2019年 DEBAUCHMOODより1st Album(LP+CD)リリース。
2020年夏 UKのPolytechnic Youthよりアーティスト5組収録のサンプラー”SOME NEON REASON”LPリリース。
2020年秋 ドイツのコレクターズレーベルMinmaikombinatより過去タイトルのカップリングアルバムリリース。
2020年冬 ドイツで活動中のNao Katafuchi氏主催、世界中の34組の現行アーティスト参加のVA”FORBIDDEN FIGURES”リリース。
2020年冬 UKのPolytechnic Youthよりファン限定クリスマスチューン“Ode To Street Hassle”公開。
2021年9月 S.A.P.T.三部作の第一章として”4Songs on Extend Play”を先行デジタルリリース。
2022年2月6日 フランスのシンセウェイヴ・デュオ Peine Perdueとして活動していたStéphane Argillet Stereovoidが設立したアート・レーベル〈Objet Trouvé〉から、神戸のエレクトロニック・ソロ・アーティストJin CromanyonとのSplit LPをリリース。